「モダンタイムス」著者:伊坂幸太郎 出版社:講談社文庫
「魔王」、「呼吸」の50年後の世界を描く
「モダンタイムス」は、「魔王」、「呼吸」に続く作品である。
犬養の政治にファシズムの匂いを覚え、阻止しようとした安藤兄の願いは叶わず、犬養は首相となる。安藤弟は、兄の死の悲しみを乗り越えようと、身につけた特殊能力を利用してお金を作り、「何か大きな物事を起こそう」と動き出す。
主人公は渡辺。そして、渡辺の妻佳代子は鬼のように怖い。たとえ話ではなく、本当に怖い。
迫力のある拷問シーンが多い
「勇気はあるか?」
物語は、渡辺が謎の男岡本から拷問を受けるシーンから始まる。
同僚の桜井ゆかりとの浮気を疑われ、妻が雇ったその道のプロから拷問を受ける事に。
渡辺の妻はバツ2。元旦那2人も同様に浮気を疑われ、ひどい目にあわされている。
このような拷問シーンが作品の中で何度か登場するのであるが、なかなかに迫力があるので要注意。
(渡辺は最後まで無事なので、ご安心を)
主なストーリー(ネタバレあり)
大まかなストーリーを紹介したい。
主人公の渡辺はシステムエンジニア。
優秀で抜群に頭の切れる先輩「五反田」、後輩の「大石」らと共にIT系企業で働いている。
ある時、五反田でも処理しきれなかった仕事があるということで、渡辺と大石に業務命令が下るが、暗号が複雑すぎてなかなか解読できない。
また、五反田、大石、加藤課長、岡本猛をはじめとし、「播磨崎中学校」「個別カウンセリング」「安藤商会」といった特定のキーワードを組み合わせて検索をかける事により、謎の事故や事件が起こっていく。
ここで「安藤商会」という言葉が、前作から引き継がれている安藤潤也に関する組織であることが読者の間で思い出されてくる。(そういえば、潤也って「呼吸」の最後お金貯めていたけど…??)
一方で、渡辺の友人の小説家、伊坂好太郎(登場人物の小説家の名前を考えるのが面倒だったため、自らの名前を作ったそうです)は、次回作に向けて播磨崎中学校の事件について関連する出来事を調べている。そんな伊坂の提案で、渡辺は安藤潤也・詩織夫妻に会いに岩手県を訪れる。
「魔王」・「呼吸」の出来事が、1つに繋がっていく爽快感
その中で、渡辺の祖母が安藤家と親戚関係にあったことが明らかになっていく。
(前作での話がつながっていく瞬間が要所要所にあるので、魔王、呼吸に続けて一気に読んでいこう!)
ここである疑問が浮かび上がる。
「安藤家の血が流れているということは、渡辺にも超能力が備わっているのだろうか?」
渡辺は、妻が自分を拷問にかけて追い込んでくるのは、特殊能力を開花させようとしようとしているからではないかと本気で思い始める。
(終盤に渡辺の特殊能力が実際に芽生えることになるのであるが、どのような能力だったのか!乞うご期待)
そんな中、失踪していた五反田からの誘いで、播磨崎中学校で一躍有名になった長嶋丈に会いにいく渡辺たち。かつて、播磨崎中学校では、銃を持った暴漢が中学校を襲い、多数の中学生が殺されるという事件が起こった。その時に用務員をしていた長嶋丈が、天井裏から抜け道を通って教室へ犯人を倒し生徒たちを救い、これがきっかけで長嶋丈は、政治家として活躍することになった。
「この事件は、本当は嘘だったのではないか、あることを隠すために事件をあったことにしたのではないか」という結論に辿り着いた渡辺は、長嶋から真実を聞き出す事に成功したが、そのあとで恐ろしい拷問が待っていた。
魅力的で謎に包まれる登場人物
ところで、渡辺はなぜこのように恐ろしすぎる妻と結婚することを選んだのだろうか。
新婚旅行のエピソードが印象的である。
ホテルの部屋で「ルームサービスごっこ」をする新婚の渡辺夫妻。
上手にルームサービス役を演じることができない渡辺に佳代子は、「自分の名前を、フランクリン・ルームサービスだって思いながら演じればいいのよ、とアドバイスする。
このルームサービスごっこのシーンが、作品の終盤、渡辺らを拷問から救うシーンを繋がっていくのは面白い。
前作に引き続き、安藤潤也のミステリアスな雰囲気に終盤まで目が離させない。
安藤潤也は、常に世の中のために使いたい。めくれたスカートを直すためであるという一貫した考えを持っていた。
前作の「呼吸」では、安藤潤也が莫大な金を貯めているところで終了していたが、その50年後の世界において、何が行われてきたのか。50年後の世界を生きる渡辺たちが、得体の知れない国家、システムと戦う中で、安藤潤也の思想が灯火となって未来を照らしてくれている様子が描かれている。
「魔王」、「呼吸」では結末がはっきりと描かれず、モヤモヤした部分が残る。いや、あえて著者は結論を急がなかったのであろう。その部分がモダンタイムス(上巻・下巻)において、丁寧に描かれていくのだ。続けて読み進めることで、すっきりしない部分が次第に描き出され、点が線に繋がっていく体験を是非してほしい。
犬養VS安藤兄の戦いは、時をこえて、個人と国家のあり方に一石を投じてくれる。
一般して伝わるメッセージは、「主体的に考え続ける姿勢を持つ」ということ。
安藤兄、弟、渡辺、佳代子。個性的な登場人物が、それぞれの信念を持って生き抜く姿に感動を覚えるのでオススメしたい!
コメント