「魔王」のおすすめポイント紹介と感想(ネタバレあり)
著者:伊坂幸太郎 出版社:講談社
「魔王」と「呼吸」の短編が2つ入っています。
「魔王」は安藤兄の視点で描かれます。主人公の安藤兄は、特殊能力を持っている。
それは、特定の相手に自分が思っていることをしゃべらせること=「腹話術」である。
この能力を使って、社会を変えるために動き出す。
「呼吸」は安藤兄が亡くなった後の5年後の世界を、弟潤也の恋人詩織の視点で描かれていきます。「魔王」の最後のシーンで安藤兄と犬養の対決が描かれた後の「呼吸」では、東北地方に移住した安藤弟夫婦の生活がゆったりと描かれていきます。
タイトルの「魔王」の由来は?
タイトルにある「魔王」は、シューベルトの音楽から来ている。
闇夜に父が息子を連れて馬で走っている。父が息子に問いかける。
父 「息子よ、なぜ顔を隠すのだ」
息子「お父さん、見えないの。冠をかぶった魔王がいるじゃないか」
父 「あれは霧ではないか」
息子「お父さん、聞こえないの。魔王が何か言うよ」
父 「枯れ葉の音ではないか」
息子「お父さん、見えないの。魔王の娘がいるよ」
父 「あれは柳ではないか。」
息子「父さん、魔王がいま僕をつかんでいるよ」
ようやく父は事態がただ事では無いことに気がつき、馬を全力で走らせ必死の思いで館に着く。しかし、館に着いた直後、子どもは父の腕の中で、すでに死んでしまっていた。どこにも非の無いこどもが、どうして死ななくてはならなかったのだろうか。父はどうしてこどもを救うことができなかったのだろうか。
安藤兄が政治家犬養に腹話術で挑んでいく
作中、安藤兄も動揺に、「魔王」の存在をこの目で見つめている。しかし周囲はそれにまったく気がついていない。「見て見ぬふりをするのも勇気だ」とアドバイスも受けながらも、演説会場で「腹話術」を使い、犬養に挑んでいく。
安藤兄の生きるこの時代、日本全体は閉塞感に包まれ、新しい時代のリーダーが求められている。
対外関係に強気な態度を示せない政治家にうんざりする中で、間もなく選挙を迎えようとしている。
そこに新星のごとく現れたのが野党議員の犬養。
彼は「俺を選べ。5年でできなかったら私の首をはねればいい」と豪語し、次第に国民の支持を集めていく。国民はきちんと判断をして犬養を選んでいるのだろうか。イタリアの独裁者、ムッソリーニに犬養の姿を重ねる安藤兄は、疑問を抱き、自らの信念と「腹話術」を武器に、犬養の演説会場へと向かう!
「呼吸」のあらすじ(ネタバレあり)
この作品は安藤兄が亡くなって5年後の世界を描いている。
安藤兄の信念は届かず、犬養は見事に当選を果たし、首相を務めた。国民からの人気は高いが、一方で不気味に感じる人もでてきている。世間では憲法9条の改正を問う国民投票が行われようとしている。安藤兄が止めることができなかった犬養の当選は、5年後の世界において、ものものしい雰囲気で綴られる。
安藤の弟の潤也はガールフレンドの詩織と結婚し、宮城県の仙台に引っ越してきた。
その後、潤也は猛禽類の定点観察の仕事、詩織は仙台市内でプラスチック製品のメーカーに就職した。
潤也はことにつけて兄の言葉を思い出す。
「紙を25回折ると、富士山と同じくらいの高さになる」
同じことを繰り返していくと積もり積もって大きな成果が生まれることは、この物語の鍵となっている。
そんな中、弟の潤也にも特殊能力が覚醒する。
それは「10分の1以下の確率なら、1にすることができる力」
この力を生かすために競馬場に足を運ぶ。
安藤弟が思い描く理想の人間像とは?
犬養はかつてイタリアの独裁者ムッソリーニを連想させた。
ムッソリーニは最後にどのような死を迎えたのかというシーンがある。
ムッソリーニは恋人のクラレッタと銃殺されて広場にさらされた。
死体が逆さに吊され、クラレッタのスカートがめくれた。
その時に、一人だけブーイングをされながらもはしごに昇って、クラレッタのスカートを直し、自分のベルトを使ってめくれないように固定してあげた人間がいた。
他の人が暴れたり、騒いだりするのはとめられない。
だけど、せめてスカートを直してあげられるような、そんな人間でいてあげたい。
作品では、それができるのが潤也と詩織であると、同僚に指摘される。
「その行動が正しいのかどうかはわからないんだけど、もし、俺がその場にいたら、自分のやりたいことはやりたいと思う」
「まわりの雰囲気とか、世間体を気にして、やりたいことができない自分はちょっと嫌だ」
「兄貴は負けなかった。逃げなかった。だから俺も負けたくいないんだよ。馬鹿でかい規模の洪水が起きた時、俺はそれでも水に流されないで、立ち尽くす一本の木になりたい」
信念は兄から弟に引き継がれる。弟が競馬場に通いお金を作り、何かをしようとしている。
そんなシーンで幕を閉じる。
話の続きはいよいよ、「モダンタイムス」に引き継がれていきます。
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